伊吹山山頂 日本武尊の像シルバーウィークということで、岐阜県は伊吹山から関ヶ原に日帰り旅行。
先日、乗り換えた車の慣らし運転込みで。

伊吹山は滋賀県と岐阜県の県境にある標高1,377mの山で、日本百名山のひとつ。
といっても、9合目まではドライブウェイが通っているので、歩くのはほんのわずか。
山頂までの遊歩道は野草群落の花畑となっているのだが、ちょっと花の端境期なのか寂しい感じだったのが残念。
ドライブウェイ終点から30分弱歩けば頂上に到着できる気軽さのために、大勢の観光客が。
県境にある山なので滋賀(琵琶湖)側も岐阜(関ヶ原)側もよく見える。
ただし、ちょっと霞がかかっていたので、写真はまた今度来たときにということで。
伊吹山の山頂には、日本武尊の石造が。
日本書紀で、東征の帰途に伊吹山に来た日本武尊は、伊吹山の神(猪だという)を倒そうとして敗た結果、病の冒されて亡くなったという。
この石造はその伝説を表しているもの。
ちなみに、日本武尊の魂は白鳥となって畿内に飛び立ったという。
その白鳥が降り立ったところが、堺の大鳥神社のあるところ、そう私が大阪航空専門学校に行くたびに横を通るあの神社というわけだ。

伊吹山を降りて、関ヶ原の古戦場へ。
先日、大関ヶ原展に行ったので、今度は現地に行ってみようと思った次第。
まず、笹尾山にあった石田三成の陣地から戦場全体を見渡したが、思っていたよりも戦域が狭いことに驚く。
家康が最初に陣を置いた桃配山(ここにも行った)もそう遠くないところに見えるし、そこから前進して家康が最終的に陣を敷いたところに至っては、1キロしかない。
この狭いエリアでほんとうに、東軍・西軍合わせて15万人が合戦したのかと不思議に思う。
まあ実際には、動かなかった軍勢もけっこうあったので、15万人が同時に戦ったわけではないし、けっこう数字を盛っているところもあるのかもしれない。
しかし、疑問に思ったのが、山に布陣した軍勢はどうやって山を下りたのだろうか?ということ。
笹尾山も桃配山も、山というよりちょっと小高い丘にすぎないので問題はない。
しかし、小早川秀秋(裏切って東軍についたので有名)のいた松尾山、毛利秀元(結局動けなかったが)のいた南宮山はそれなりの高さがある。
まさか山道を隊伍を組んで降りていくわけなし(それでは出口を囲まれたら、出てくるない各個撃破される)、けっこう急な坂を駆け下りていったのだろうか?
天王山を見たときも思ったのだが、もしそうなら、それはもう降りるというより転げ落ちる感じだったのかもしれないな、と。
ちなみに、関ヶ原の戦いが行われたのは9月15日。
つまり今の時期だ!と言いたいところだが、旧暦での話なので、今の暦にしたら約1ヵ月後・・・というオチ。

関ヶ原古戦場を望む

私がどこかに行くなら、そこには温泉が付き物ということで、今回の温泉は関ヶ原から少し東に行った、池田温泉というところ。
まったく期待していなかったのだが、これがけっこう濃い重曹泉(アルカリ性単純温泉)。
浸かって、肌を撫でるとツルツル感というか、スベスベ感がすぐわかるぐらい。
大垣市からそれほど遠くないからか、本館も新館も施設は大混雑のようだ。
ただ、惜しむらくは循環湯で塩素殺菌されていることで、わずかだけれども塩素臭がしたのが残念だった。
大勢の客を受け入れるには、循環湯にしなきゃ湯量が足りないのだろうとは思うが、元の泉質がいいのだから、施設はこじんまりとしても源泉掛け流しにしたほうがいいのにと思う。
まあ、これは温泉マニアの商売を考えてない感想なのだけれども。

あまり計画せず、いきあたりばったりで向かった旅行だったが、天気が良かったのもあり、相当楽しめた1日だった。