タコは西アフリカから来る

当社のある大阪名物といえばタコ焼きです。
私も子供の頃には、よく軒先で売っている店で買い食いをしていましたが、最近はとんとご無沙汰です。
その理由は、昔に比べるとひどく値上がりしてしまい、手軽なスナックでなくなったことが大きいでしょう。

タコ焼き値上がりの原因の1つが、原料であるタコの輸入価格が高騰しているというのがあります。
そう、タコ焼き用のタコ(ボイルしたものを冷凍したもの)の多くは輸入品なのです。
主な輸入元国は西アフリカのモーリタニアとモロッコで、近年ではこの両国からの輸入量で5~7割に及びます。
スーパーで売っているボイルされたタコのパッケージに、これらの国からのものであるシールが貼られているのに見覚えるがある方も多いのではないでしょうか?
5~7割と振れ幅が大きいのは、漁業資源の減少に伴っての不漁や、それに伴う両国政府による漁獲規制があったりするためです。
まさにこれが、輸入タコの、ひいてはタコ焼きの値上がりの原因なわけです。

ちなみに、モーリタニアやモロッコといった国の人々がタコを食べているのかというとそうではありません。
約40年前、日本の海外漁業協力財団という援助機関に在籍していた中村正明氏がモーリタニアでタコ壺を使ったタコ漁を教えた結果、有数のタコ漁獲国になったのです。
タコ漁のおかげ豊かになったモーリタニアの漁民には、子どもにナカムラって名付ける人までいたそうです。

しかし、このモーリタニア産のタコを巡っては、過去に大規模な原産地証明書偽装事件が起きています。
日本への輸入タコに対する関税率は、輸入元国によって違いがありますが、当時は西アフリカ諸国の間でも違いがありました。
モーリタニア、および、ガンビアは特別特恵受益国という扱いを受けることができるために関税率は無税、しかし、セネガルやカナリア諸島は特恵受益国という扱いなので有税でした。
不正を働いたのは、漁業,水産物ビジネスを行う大手会社A社です。
あらかじめ、モーリタニアやガンビアの証明機関の原産地証明書用紙を大量に購入・準備し、それらの国以外で漁獲されたタコに対して、虚偽の原産地証明書を作成して輸入申告をするという手口でした。
同社の副部長兼課長・後に部長(B)、副参事・後に参事(C)、ラスパルマス駐在員事務所長・後に参事(D)という三者による共謀とされています。
犯行期間は3年半、281回に及ぶ輸入と虚偽申告によって逃れた関税(つまり脱税)額は約4億円に及ぶものでした。

この事件は摘発され、当然のことながら重い罰を加えられることになりました。
A社には罰金1.2億円,被告人Bは懲役2年,CとDは懲役1年6か月の判決が下っています。
なお、罰金は附帯税とは別にものです。
※本件に係る通関手続きを行った通関業者は「情を知らない」、つまり、そのような不正が行われているいう事実を知りえなかったとして罪に問われていません。

判決文では「開発途上国の経済を発展促進させるための特恵関税制度を被告会社の私益のために悪用したもので,強い非難に値する。加えて,本件が国内のみならず国際的に及ぼした悪影響も看過できない。」と述べられています。
また、この会社は名前を出せばだれでも知っている有名企業であり、社会的な悪影響を考慮して刑事責任は重大であるとされました。
B~Dはいずれも、この不正輸入によって個人的な金銭的利得を得たわけではないそうで、いうなれば、ビジネスマンの「功名心」が起こした事件とも言えます。
コンプライアンス規定には、こういう「功名心」や「会社への忠誠心」による暴走を抑止する仕組みも入れなければいけない、という教訓をもたらした事件でもありました。

しかし、同様の事件はその後も起こっており、2003年には下関の会社が同様の手口で関税1,200万円を逃れたとして摘発を受けています。
事後調査が入れば、不自然な取引はバレることになり、追徴や罰則を受けることになるのはいうまでもありません。
私の経験から言えば、通関は「長期的に見れば、正直が一番安くつく」んですけどねえ。(I)