海賊はリアルな運送リスク

私は貿易実務の講師をもう何年も続けていますが、始めた当初に比べて説明が楽になったのが「海賊による運送リスク」です。
講師業を始めた頃は、海賊の話をしても最初は「いまどき、海賊なんて~」という雰囲気でした。
しかし、最近は東アフリカ沖(いわゆるソマリア沖)での海賊被害についてニュースで取り上げられているので、「現代でも海賊はいる」と知られてきているようです。
ニュース以外でも、映画「キャプテン・フィリップス」(2013年・米国)は、2009年にソマリア沖で発生した海賊事件「マースク・アラバマ号事件」を描いたものですし、コミックやドラマの「海猿」でも、シンガポールからインド洋に抜けるマラッカ海峡に出没する海賊との戦いをテーマとしていました。

もちろん、いまどきに海賊はカトラス(曲刀)とマスケット銃を掲げた連中が帆船に乗ってくるなんてものではなく、自動小銃やマシンガン、バズーカ砲を高速ボートに積んで攻めてきます。
上に挙げた、ソマリア沖とマラッカ海峡は海賊被害がひじょうに多いエリアですが、日本の海運にとって重要な航路でもあります。
そのため、日本の貿易に関係した船が被害に遭ったこともあります。

マラッカ海峡近辺で起こった有名な事件に「アロンドラ・レインボー号事件」というものがあります。
これは1999年にインドネシアでアルミニウム・インゴット約6,000トン(12億円相当)を積載した同船が、マラッカ海峡で海賊に襲われた事件です。
この事件では、船は積荷ごと奪われ、日本人の船長と機関長、フィリピン人の船員15人が救命ボートに乗せられて遺棄されました。(乗組員はその後、救助されました。)
船は船名を書き換えられた上でインドで売却されようとしたところを発見されたという、かなり大きな事件でした。
また、1998年のテンユウ号事件、2005年の韋駄天号事件など、マラッカ海峡では何度も日本に関係する海賊事件が発生しています。
とくにアロンドラ・レインボー号事件は、2000年にアジア15ヶ国・地域による「海賊対策国際会議」が開催されるきっかけになりました。

マラッカ海峡は以前からの海賊多発地帯ですが、ソマリア沖は1990年代末からの地域政情不安定化に伴って海賊被害が急増したところです。
いまや、マラッカ海峡よりも深刻といってもよく、日本に関係する船が毎年数隻が被害に(襲撃のみのものも含む)遭っています。
そのため、日本政府は2009年に海賊対処法を制定し、各国の艦船とともに商船護衛を行うため、自衛隊および海上保安庁の艦船をソマリア沖に派遣しています。
あまり知られていませんが、この目的のためにジブチには自衛隊初となる恒久的な海外基地があります。
その成果としては、2011年に商船三井タンカー襲撃事件の犯人として米国海軍に身柄拘束された海賊が、海上保安庁に引き渡された(後に、日本で海賊対処法によって起訴)事件が挙げられます。

海賊が多発するようになると、貨物保険料が高騰することになります。
また、船舶に保安要員を乗り込ませる雇用費、危険地帯を早く通過したり航路を悟られないようにジグザグ航行をするために燃料費など、物流コストがかさむことになってしまいます。
事件が発生するのは遠い場所でも、海賊被害が私たちに身近な問題だということがおわかりいただけると思います。(I)