インコタームズでの悩みは

貿易実務を勉強する中で、「インコタームズ」を大きな関門と考える方は多いですね。
4類型(E、F、C、D類型)11条件と一気にたくさんのことを覚えなければいけないこともあります。
しかし、学習する方をより混乱させるのは、「費用負担の範囲」と「危険負担の範囲」が、E、F、D類型は一致するのに、C類型だけが一致しないことのようです。私も講義をする中で、よく「なぜC類型だけ違うんですか?」という質問を受けます。

これについてあえて答えるとすれば、「とくに理由はない」ということになります。
意外と思われるかもしれませんが、ほんとうにそうなのです。

費用と危険負担の範囲を取り決める「トレード・タームズ」は、1936年に国際商業会議所(ICC)がインコタームズで初めて定義したというわけではありません。
それ以前にも、各範囲を定義したものはあり、例えば、19世紀初頭には英国で「FOB」の解釈についての裁判があったという記録、また、ICCも、インコタームズの公表に先立つ1923年に当時の取引条件の類型についての調査結果を発表していることから、相当以前から、費用と危険の負担範囲を定義する用語があったことがわかります。
ただ、それらは「同じ用語であっても、国によって解釈が違う」といった問題があったので、それらのうち「典型的な定型条件」を、ICCが「国際的な業界標準」として定義したのが「インコタームズ」です。

「典型的な定型条件」なわけですから、「貿易業界でよく使われているもの」が取り上げられる対象になるのは言うまでもありません。
数多くの取引を調査・分析した結果として、「費用負担は輸入地まで、危険負担は輸出地止まり」という条件が多く使われていたので、C類型として取り上げられたというだけのことなのです。
つまり、C類型で費用と危険の移転時期の不一致は、「なんで?」と考えることに意味はなく、「そういうことになっている。」と納得するしかないということですね。

じゃあ、インコタームズの11条件はそれぞれ同じぐらいの割合で使われているかといえば、そうではありません。
1995年(つまり、インコタームズ1990の時代)に、日本大学経済学部産業経営研究所が、日本の代表的貿易企業を対象に行った「どんな条件が使われたか」の調査によれば、FOB、CFR、CIFの3条件だけで9割を占めていたそうです。
既にFCA、CPT、CIPのコンテナ運送用の条件はありましたが、合わせても1%に満たなかったそうです。
今は当時よりも世界的にコンテナ運送が一般的になり、インコタームズも整理されましたので、もう少しコンテナ運送用条件の割合は増えているかもしれませんが、「たった3条件で取引のほとんどを占める」状況には変わりないでしょう。

ちなみに、この調査では30種類もの条件が使われていることがわかっています。
インコタームズで定義されているのは「よく使われている条件」に過ぎませんので、「あまり使われていないので、ICCに無視されている条件」も数多くあるということですね。
そして、インコタームズは条約でも法令でもない民間ルールですから、そういう用語を使うことは自由です。
私も「Ex Train」であるとか「FOB & I」、「C&I」といった条件を見たことがあります。

本当は、トラブル発生時に解釈で揉める可能性のある「オリジナル条件」よりも、国際的に明確な定義があるインコタームズを使うのがいいのですが、取引には色んな形態があります。
「今回の取引には、ちょっと既成のインコタームズはそぐわないな。」と思ってオリジナル条件を生んでしまうことがあるようです。
それに、インコタームズ以外のものを使っている取引で、急にインコタームズに変えようと持ちかけると、「じゃあ、そっちを変えるのなら、こっちも変えてくれ」と要求される可能性もあります。
そんなヤブヘビなことになる恐れがあるなら、問題が起きない限り放置しようという気持ちもわかります。

貿易取引には相手がいることですから、トレード・タームズの統一はなかなか難しいようです。(I)