名画に描かれた貿易 その1

貿易ははるか昔から行われてきましたが、同じように人類は昔から「絵を描く」ということ行ってきました。
そのため、西洋絵画の名画の中にも「貿易」がモチーフのひとつとなったり、「貿易」の様子が見え隠れして描かれてるものがたくさんあります。

まず思いつくのが、貿易の拠点たる港が描かれている風景画や、貿易船を描いた海洋画でしょう。
港や船が描かれている風景は、見ていて素直に綺麗だと思えるものが多いと言えます。
下のようなものがあります。

海港(メディチ邸)
クロード・ロラン「ヴィラ・メディチのある港」
(1637年、ウフィッツィ美術館)

マルセイユ港の入口
クロード・ジョセフ・ヴェルネ「マルセイユ港の入口」
(1754年、ルーブル美術館蔵)

また、貿易されてきた品物が絵画の中に描かれることも珍しくありません。
例を挙げるとオウムは多くの西洋絵画に描かれています。
下の絵を見て下さい。

大人が歌えば子供が笛吹く
ヤン・ステーン「大人が歌えば子供が笛吹く」
(1663~1665年頃、マウリッツハイス美術館)

赤いオウムが左上に描かれているのが見えます。
しかし、オウムは欧州原産ではありませんから、貿易によってもたらされたもの、少なくとも、貿易によってもたらされた後に繁殖されたものだと言えます。
この絵を描いたヤン・ステーンはオランダの画家ですが、当時は「オランダ黄金時代」とも言われる貿易が盛んになった時代です。
そもそもペットとして鳥を飼うのは贅沢なわけですから、貿易によってオランダの市民がこんなどんちゃん騒ぎができるほど豊かになったことも意味していると言えるでしょう。

ちなみに、絵画の中でオウムが描かれている場合の多くは、「騒がしい」状況であることを意味しています。
まさに「騒がしい」情景をみごとに描いている絵ですね。

また、17世紀オランダの画家と言えば、こういう絵もあります。

ヴァニタス
ハルメン・ステーンウェイク「静物画:ヴァニタス」
(1640年、ラーケンハル美術館蔵)

髑髏が目を引き、おどろおどろしい感じがしますが、これは「人生の虚しさ」の寓意です。
これは16~17世紀に欧州北部で盛んに描かれた「ヴァニタス」と呼ばれるジャンルのものです。
どうしても、髑髏が目についてしまいますが(もちろん、それがこの絵の目的なのですが)、その後ろに日本刀があるのがわかるでしょうか?
ヴァニタスでは、髑髏で「必ず訪れる死」を、蝋燭やパイプで「消えゆく過去の栄光」を寓意的に表すのですが、それを強調するため、現在の豊かさを表すものとして交易品がよく描かれます。
この絵を描いたステーンウェイクはオランダの画家です。
この絵が描かれたのが1640年ですから、安土桃山時代の南蛮貿易時代か、鎖国後のオランダ貿易時代に、日本からオランダに渡った日本刀なのでしょう。

時代を下って、19世紀後半です。
当時は、日本の開国によって欧州に日本文化が急激に流れ込んだ時期で、その中には浮世絵が多数ありました。
ただし、当初は高価な美術品扱いではなく、古いものやミスプリントされたものが梱包材として使われていた程度のものでした。
そもそも、欧州で浮世絵が知られるようになったのが「日本から輸入した陶器の包み紙に使われていた」もの(「北斎漫画」だそうです)で、これも「貿易がきっかけ」なわけです。
それが人気を博して高値で取引されるようになり、今度は商品(美術品)として海を渡ったという経緯があります。

当時の画家たち(ドガやロートレック、ゴーギャンなど)に大きな影響を与えた浮世絵ですが、とくに影響を受けたのが、日本でも有名で人気のあるフィンセント・ファン・ゴッホです。
ゴッホは無類の日本マニアで、自らを仏教の僧侶に模して剃髪した自画像(「坊主としての自画像」1888年、フォッグ美術館蔵)を描いています。
また、まだ安価だった浮世絵を、弟にして資金援助者であったテオとともに収集したり、盛んに模写をしていたのは有名な話です。
(収集された浮世絵は、アムステルダムのァン・ゴッホ美術館に所蔵されています。)

そんな中、ゴッホはこのような絵も描いています。

タンギー爺さん
フィンセント・ファン・ゴッホ「タンギー爺さん」
(1887年、ロダン美術館蔵)

この絵には同じ構図の絵がもう一点ありますが、いずれのものの背景に何枚もの明らかな浮世絵が描かれています。
それらは、歌川広重や国貞などの絵であることがわかっています。
となれば、貿易によってもたらされた物品が絵画に中に見えるということになりますね。(I)

(続く)