名画に描かれた貿易 その2

前回、日本からの刀や浮世絵が過去の名画の中に描かれているという話をしました。
刀は17世紀、浮世絵は19世紀なのですが、これはそれぞれ、欧州で日本文化の影響が大きな「うねり」となった時期です。
つまり、特定の画家だけが日本からの(少なくとも、日本文化の影響を受けた)文物を描いたというわけではないのです。

まずは、1つ目の「うねり」、17世紀です。
レンブラント・ファン・レインは日本人が好む画家の一人ですが、彼はこのような絵を描いています。
春の女神フローラに扮したサスキア
レンブラント・ファン・レイン「春の女神フローラに扮したサスキア」
(1634年、エルミタージュ美術館蔵)

モデルの女性は、レンブラントの奥さんサスキアで、フローラとはローマ神話に登場する花や春の女神です。
(フローラは、有名なボッティチェリ作「春(プリマヴェーラ)」にも登場する有名女神ですね。)
これのどこが日本文化なのか?ということですが、その衣服です。
レンブラントはオランダの画家ですが、オランダの伝統的な衣服にこのような形のものはなく、このガウンのようなものは、日本の和服(着物)を意識したものだと言われています。
ほんとうの和服とはいささか違っていますので、日本からの輸入品であったかどうかは不明ですが、少なくとも日本からの文物に影響を受けたものであることは確実でしょう。

また、同時代、同じオランダ出身のヨハネス・フェルメールも日本人が好きな画家でしょう。
彼の絵に、このようなものがあります。
地理学者
ヨハネス・フェルメール「地理学者」
(1669年頃、シュテーデル美術館蔵)

天文学者
ヨハネス・フェルメール「天文学者」
(1668年頃、ルーブル美術館蔵)

上の「地理学者」は大航海時代の当時のこと、画面内に地図、地球儀、海図が散らばり、人物はディバイダを持っていることから、「ああ、貿易に関係する絵画なんだろうか」という感じがします。
しかし、この絵の「貿易が描かれている様子」はそれだけではないのです。
下の「天文学者」とともに注目すべきは、両方の絵にいる人物(つまり、学者)が来ている、ローブのような上着です。
これは長い間、今の欧米の大学生が卒業式に着るガウンだと思われてきました。
しかし、近年では、これは南蛮貿易によって日本からもたらされた「綿入れ」(綿入り半纏、どてら)、少なくとも、それをガウンに仕立て直した物であるとされています。

こういった仕立て直しが、当時のオランダの知識層に流行していたそうです。
私たちが日本史で学んだ「南蛮貿易の姿」は「欧州から日本への影響」についての話ばかりですが、このように見てみると、日本文化はたいそう好まれていたそうで当時の知識層に影響を与えてわけですね。

そして、日本の開国後の19世紀の「うねり」です。
開国直後の日本文化に係る輸出品としては、前回挙げたように浮世絵があります。
しかし、これも前回述べたように、他の貨物の梱包材として使われたものも多い(版画ですから、オンリーワンではないですし)ので、実際にどれだけの数量・枚数の浮世絵が欧米に流出したのかは、「わからない」ようです。
その一方で明治政府の貿易統計に上がっていて数量がわかっているものとして、扇子、団扇、屏風という品目があります。
1872年には扇子が約80万本、団扇が約100万本輸出されているそうで、この尋常ではない数量は、下手すれば梱包材として持ちだされた浮世絵の数を抜いているかもしれません。
それらが描かれた典型的な絵として、下のものがあります。
日本の工芸品を眺める娘たち
ジェームズ・ティソ「日本の工芸品を眺める娘たち」
(1869年、シンシナティ美術館蔵)

陶磁の国の姫君
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー「陶磁の国の姫君」
(1863 – 1864年、フリーア美術館蔵)

うちわを持つ少女
ピエール=オーギュスト・ルノワール『うちわを持つ少女』
(1881年、クラーク美術館蔵)

ルノアールも日本人が好きな画家の一人ですが、こんな絵も描いているんですね。
この時代の欧州で流行した「日本趣味」は「ジャポニスム」と呼ばれます。
一番上のジェームズ・ティソはフランス人ですが、この人がジャポニズムを取り入れた「はしり」とも言われています。
よっぽど日本文化が気に入ったらしく、他にも和風趣味の絵を何枚も残しており、「日本の品々を眺める娘たち」という絵はまあ、まともなんですが、「花瓶を持つ日本の女性」、「浴室のラ・ジャポネーズ」といった、日本人から見るとなんだか「?」が浮かんでくる絵もあります。
そういうところがむしろ、遠く離れた国から見た日本なんだなあ、と感じさせます。

「ジャポニスム」というキーワードでネット検索をかけると、団扇、扇子、屏風、着物(和服)、陶磁器などが描かれているものを多く見つけることができます。
絵画から、貿易で欧州に渡った日本文化を味わってみるのもいいと思いますよ。(I)

輸送の話

次の記事

聖火の航空運送