楽器の輸出/輸入は意外と面倒

前回、音楽家がATAカルネを取らずに演奏のために楽器を持ち込もうとして、トラブルになった事例を紹介しました。
これは逆に言えば、職業用具である楽器はATAカルネを取っているならば、通関手続が簡便になり、かつ、関税納付が不要になるということです。
ここで気付いていただきたいのが、ATAカルネに効力があるのは、日本の法令で言えば「関税法」に関するもののみであるという点。
通関においては関税法以外にも、「他法令による規制」をクリアしなければなりませんが、ATAカルネは他法令には効力がありません。

ところが、楽器、とくに演奏家が使うような高価な楽器には他法令、具体的には「外国為替及び外国貿易法」、いわゆる「外為法」の規制対象となるものが結構あります。
その理由が、外為法が輸出・輸入を規制している「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約、CITES)」に該当する動植物が、楽器の素材や部品に使われてることがあるためです。
例えば、バイオリンの胴体に使われるローズウッド、ギターに使われる一部のマホガニー、三線に使われるニシキヘビ、ピアノやバイオリンの弓に使われる象牙など多岐に渡ります。
とくに、和楽器には象牙や鼈甲が使われているものが多くあります。

こういった物を持ち出す(輸出)、持ち込む(輸入)する際には、CITESのルールを守ったものであることを、外為法の所管官庁である経済産業省に証明して、輸出や輸入の承認を受けなければなりません。
CITESのルールを守ったものであるというのは、「CITES適用前に取得されたもの」、または、「CITES適用後に取得されたものであれば輸出国当局が輸出を認めたことが証明されたもの」であるという意味です。
なお、前者の場合は相当昔の製造物である可能性もあるので、日本への輸入時の輸入許可書だけでなく、放射性炭素年代測定法による鑑定結果等も使えます。
もちろん、取得が正当な方法である必要があることは言うまでもありません。

ただ、こういう手続きは、海外巡業を行うために日本から持ち出し(輸出する)、再度、日本に持ち帰ってくる(再輸入する)音楽家にとっては大変です。
そこで、ATAカルネと同じように、輸出/輸入時の手続きを簡素化する、経済産業省による「楽器証明書」という制度があります。
上記のCITESのルールを守った楽器であること、あくまでも輸出する本人が演奏に使うのであって、売却や譲渡などをせずに、日本に再輸入することが発行の条件です。
これがあると、外為法に係る日本からの輸出時、日本への再輸入時の承認申請が最大3年間不要になります。
なお、申請ができるのは個人のみで、楽団などの団体での申請は今のところできません。

ただ、この楽器証明書の制度は令和3年7月開始と始まったばかりの制度です。
CITES加盟国であっても日本と同様のルールを準備できている国はまだ少なく、主な国としても、米、英、仏、独、カナダ、 スペイン、中、韓国 等といったところです。
日本人演奏家の活躍も聞くようになった昨今、もっとこの制度が使える国が増えればいいと思います。