カルネを取らずに大騒動

前回、ATAカルネは職業用具にも使えるという話をしました。
職業用具とは、出張時に持っていくパソコンが代表的なものですが、音楽家が持ち歩く楽器も職業用具となります。

手荷物であっても通関手続は不要にはなりませんので、音楽家が海外巡業をする際に通関手帳(カルネ手帳)を持っていれば、出入国時の手続きが楽になるのはいうまでもありません。
それだけでなく、音楽家が持つ楽器は高価なものであることが多く、従って関税額も高くなります。
輸入時に所定の手続きをすれば再輸出する際に還付されますが、その間の資金負担はけっこうなものです。
しかし、通関手帳があれば免税となりますので、資金負担の心配もなくなるわけです。 
ある音楽家がカルネを取らずに輸入しようとしたことで、政府を巻き込んだ大騒動になったことがあります。

舞台はドイツ・フランクフルト空港で、15年程前の出来事で、巡業中のバイオリニストが世界的な名器ストラディバリウスを持ち込もうとしたときのことです。
ATAカルネを取っていなかったので関税を課税されたのですが、そのバイオリニストは手元にそれだけのお金を持っていなかったので、そのバイオリンが差し押さえられることになってしまったのです。

ドイツの税関当局は厳密なことで知られますが、その頃はカルネ無しの職業用具(仕事用のパソコン等)に課税されるという事例がしばしばあったようです。
今回の件もその一環なわけですが、たかが楽器ということなかれ、このストラディバリウスは評価額6億円にもなるもので、関税額も日本円で1億2千万円と高額だったのです。
もちろん、そんな額を即金で払えるはずもなく、憐れストラディバリウスは差押えの憂き目にあったわけです。

この差押えについて、世界中から心配の声があがりました。
バイオリンは極めてデリケートな楽器ですが、税関にちゃんと保全ができるのか、すぐにこのバイオリニストに返還すべし、という声です。
音楽家の持ち込む楽器については、カルネがなくてもその場で演奏することで職業用具と認めてもらえたという逸話(都市伝説?)もあるぐらいなので、厳しすぎるのではないかとも。
もちろん、税関当局はルールに従って仕事を行ったのだから、何の批判も受ける必要はないという声も多くありました。

問題はこの「早く(楽器を)解放しろ」という世論に押された当時の財務大臣が、税関当局に圧力をかけて返還を命じたことです。
このおかげでストラディバリウスは(無償で)返還されたものの、今度は本件を担当した税関職員が大反発。
「財務大臣が脱税の手助けをした」と検察に告発をするという事態にまでなりました。
国民の間からも、正当な仕事をしただけの税関に管轄大臣である財務大臣が圧力をかけて法を曲げるとはなにごとかという声が上がったのもいうまでもありません。
もっとも、この財務大臣は人気のある人だったので、当の楽器が無事返還されたこともあって、なんとなくうやむやになりましたが。

ただ、職業用具の持出し•持込みにはATAカルネをとっておかないと大変なことになる可能性がある、という教訓を残しました。
この件など(こういう事件が複数回ありました)を受けて、日本の文化庁でも、職業用具持出しには注意するように、注意喚起を行っています。

【文化庁】楽器等の携行に関する税関検査に係る注意喚起について

さらにこの件を受けて翌年より、EUではEU関税法規則を改正し、「EU域内に一時的に輸入する携帯可能な楽器」に関してはATAカルネが無くとも、一定の条件にあてはまれば簡便かつ免税で輸入できるようになっています。
詳細は下記をご覧ください。

【欧州連合】楽器の一時輸入等に関するEU関税法規則の改正(2013年11月21日施行)について(日本語)