「カラヴァッジョ展」(大阪開催)

あべのハルカス美術館で開催中の「カラヴァッジョ展」を見に行った。
カラヴァッジョ(ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ)は、私が「好きな画家を3人挙げよ」と言われたらまず名前を出す画家。
(他に2名はベラスケスとヴィジェ・ルブラン)
なので、昨年初頭からこの大阪開催を待ち望んでいた。
 
カラヴァッジョはルネサンスからバロックに過渡期のイタリア画家で、その時代をわかりやすく日本の歴史に当てはめると関ヶ原の戦い(1600年)の前後10年ほどということになる。
人物や物をひじょうに細密に、また、光と陰を明確に描くことによってドラマチックに仕上げる手法はバロック絵画に大きな影響を与えたと言われる。
その一方で、生き様は破天荒で、ローマで絵が人気を博すようになると、イキり散らすようになって剣をぶら下げて歩いては喧嘩沙汰や傷害事件はしょっちゅう、裁判沙汰もしばしばだったという。
しまいには喧嘩で相手を刺し殺してしまってローマから逃亡、イタリア南部やマルタ、シチリアを逃げ回り(そこでも騒動を起こす)、ローマ教皇から恩赦をもらうためにローマに戻る途中で熱病で死ぬという、もうメチャクチャな人生。
 
ただ絵の才能はまさに天才のそれというべきもので支援者も多く、長い逃亡生活もそういった支援者があってのこと。
また生前から死後に至っても、カラヴァジェスキと呼ばれる手法の追従者が多く出て、それがバロック絵画に繋がってる。
今回の大阪展で出展されていた本人の作品は10点だが、それ以外の多くはカラヴァッジョ周辺の画家やカラヴァッジェスキのものだった。
 
これまでほとんど本でしか見たことがないカラヴァッジョ作品を間近に見て改めて感じたのが、明暗の対比、とくに陰というか闇の部分がほんとうに濃いということだ。
背景の闇の濃さが人物をくっきりと浮き上がらせて、描くシーンの臨場感をいやがおうにも増している。
現代の照明の下でもこうなのだから、それほど採光されていない薄暗い中世ヨーロッパの家屋内、とくに、教会内部ならなおさら鮮烈に目に映ったことだろう。
(むしろその効果をあえて狙っていたかもしれない。)
例えば出世作とも言えるマタイ三部作の1つである「聖マタイの召命」。
以前、別の画家の同モチーフ、似たアングルの絵を見たが、カラヴァッジョ作品は本の挿絵でさえ圧を感じるのだからすごい。
(残念ながら、今回は出展されていなかったが。)
 
目玉出品は「リュート弾き」「聖セバスティアヌス」「歯を抜く人」の本邦初公開の三作品と「法悦のマグララのマリア」。
「リュート弾き」の少年でありながら艶めかしささえ感じられる目線、「歯を抜く人」の抜く人(インチキ歯医者?)と抜かれる人と見物する人の滑稽な情景、本当にうまく写し取っている。
「法悦のマグダラのマリア」は神からの赦しを得て感激の法悦にひたるマグダラのマリアの姿だが、衣服がはだけた肩からのデコルテライン、半開きの口など官能的ではありながら、その臨場感からいやらしさを感じさせないう絶妙なバランスが素晴らしい。
もっとも、今の感覚で見てそうなだけであって、当時はこれだけ官能的だと教会が問題視したかもしれないが。
ちなみに「聖セバスティアヌス」(矢で処刑されようとしている場面)も従来の解釈だと、何本も矢が刺さっているところを、カラヴァッジョの絵では1本だけ刺さっている。
伝記ではセバスティアヌスは矢を射られたが死ななかった(その後、今度は撲殺された)わけだが、「矢が何本も突き立って死なないはずはないだろう」という写実を重んじるカラヴァッジョなりの考えだったのかもしれない。
 
カラヴァッジョ以外で意外だったのが、彼の友人関係。
当時では珍しい女流画家、また、ジェンダー研究の対象として知られるアルテミジア・ジェンティレスキの父親オラツィオ・ローミ・ジェンティレスキがカラヴァッジョの友人だったというのには驚いた。
友人というか悪友で、つるんで喧嘩をしていた(ふっかけていた)とのこと。
このあたり、なかなか時代性というのはわかりづらいものだ。
 
ただ今回の展示で残念なこともある。
1つは、カラヴァッジョの最晩年の作品と言われている「ゴリアテの首を持つダヴィデ」が来ていなかったこと。
カラヴァッジョ展は札幌→名古屋→大阪の順で巡回しているのだが、他では出展されていたらし。
ダヴィデは若い頃、ゴリアテは現在(描いた当時)のカラヴァッジョの似姿だとも言われているので見たかったのだが、巡回展ではこういうことがあるから困る。
もう1つは、1年前の開催案内のチラシでは出展されると書かれていた「ホロフェルネスの首を斬るユディト」が来ていなかったこと。
それこそ「ウゲェーー」とばかりに目を見開くホロフェルネスの顔がチラシ全面に描かれていたのに、これは全会場共通の図録にも出ていなかったので、そもそも日本に来なかったのかもしれない。
実は一番見たかったのがこの作品だったので、これは相当の肩透かし。
※ただし「ホロフェルネスの首を斬るユディト」については、アルテミジア・ジェンティレスキの絵の方が迫力は上だと思っているが。
「聖マタイの召命」とともにローマに見に来いということか?
 
今回の展示会、出展作品数は約40点とそれほど多くないものの、絵の充実度と満足度は高い。
また、多くの美術展ではほとんどの作品がタイトルと作成年代、所蔵しか書かれていないが、カラヴァッジョ展では一点一点に説明が書かれていて、私のような知識の浅い者にはひじょうにありがたかった。
美術をもっと気軽に楽しむため、愛好家の裾野を広げるためにも、こういう充実した解説をどこでもやってほしいものだ。
 
大画家なのに休日でもそれほど混雑していないカラヴァッジョ展、描かれている主題もわかりやすいし、美術ビギナーにオススメです。

会場入口のボード

パンフレット類