保険の本場は・・・

前回、貨物保険の仕組みは、当時貿易が盛んであった地中海エリアや北海エリアで発達していったと話ましたが、それに続いて貿易が盛んになっていったのが英国です。
これにつれて貨物保険の発展の歴史も、英国にその舞台が移ることになります。
そこで避けては通れないのは、「ロイズ保険組合」(以下、ロイズ)です。
ロイズは貨物保険のみならず、今ある損害保険のほとんどの原型を作ったといっても過言ではありません。
そのため、ロイズのあるロンドンは「世界の保険の中心地」、ロイズそのものは「保険の本場」とも言われます。

さて、このロイズですが、一般的な保険会社とは少し違います。
一般的な保険会社では、「保険者」である保険会社は「保険契約者」と契約をして保険料を集め、事故が起こると、「被保険者(=保険金受取人)」に保険金を支払います。
※契約によって、保険契約者と被保険者は同じ場合と異なる場合があります。
しかし、ロイズ自体は「保険者」ではありません。
ロイズに属する保険引受人(アンダーライター。通称、ネーム)が保険者となるのであり、ロイズは保険契約者と保険引受人に保険契約の場を提供しているだけという特殊な形なのです。
ロイズの性質を現すものとして、あるロイズ・アンダーライターの「われわれは個人としてはアンダーライターだが、全体としてはロイズである」と表現しますが、これは「ロイズ自体と、アンダーライターは別個」という二重性を表しています。

その二重性はロイズの起源によるものです。
元々ロイズは、17世紀末にエドワード・ロイドがロンドンで開業した1コーヒーショップ「ロイズ・コーヒー店」に過ぎませんでした。
当時、ロンドンのコーヒーショップはビジネス取引の場となっていましたが、ロイズ・コーヒー店はとくに貿易業者と保険引受者が取引をする場となっていました。
そこで、ロイズ・コーヒー店店主は、そういった人々のために、船舶の発着、各地の情勢、そして、海難事故の発生など保険契約に必要な情報を提供することを始めました。
これが人気を博し、18世紀頃には「保険の話をするなら、ロイズ・コーヒー店で」ということになったわけです。

もちろん、今のロイズはコーヒー店ではありません。
いろいろと紆余曲折もありながら、「ロイズ保険組合」という法人になったわけですが、それでも、ロイズ自体が保険引受者(保険者)ではなく、保険取引の場(ルームと呼ばれます)と、保険業務に関する事務処理をサービスとして提供するだけというスタンスは変わりません。
さすがに、コーヒー店時代と違って、誰でもロイズで保険取引ができるわけではなく、会員となっているアンダーライターだけが業務を行えるわけですが。

近代から現代の保険の歴史には、必ずロイズが関係するといっても過言ではありません。
現在の保険契約の約款、保険証券のフォーム、いずれもロイズによって整理されて一般化されたものです。
やがて、ロイズは海上危険のみを扱うのではなく、どんどん新たな分野を開拓していきました。
航空機の保険、人工衛星の保険、アスベスト製造物賠償責任についての保険など、時代と技術の進展とともに必要とされる保険もロイズが始めたものです。
有名なタイタニック号の沈没についても、ロイズ(に属する保険引受人)は保険を引き受けており、約140万ポンドが支払われています。
(しかし、権利関係が複雑なため、まだ保険クレームのファイルは締められていないそうです。)
第1次大戦、第2次大戦でのUボートによる損害、1906年のサンフランシスコ大地震でもロイズが保険金を支払っていることから、ロイズが世界中で保険引受けをしていることがわかるでしょう。

このロイズの仕組みはひじょうに面白いので、次回はそれについて話をすることにしましょう。(I)