重要な航海ルート、運河の事情

海上運送において、日本から欧州や米国東海岸を結ぶ重要な経路には2つの運河があります。
日本から東航するときに通るパナマ運河と、西航するときに通るスエズ運河です。
もちろん、日本だけでなく、世界の海運にとって重要な施設です。

これらを使わなければ、アフリカ南端を通ることになり、運送距離・時間の大幅なショートカットになります。
もちろん運河はタダで通れるわけではなく、運河を運営する国に運河通航料を支払わなければなりません。例えば、パナマ運河では1トンあたり約1.5ドル程度、スエズ運河で1ドル程度かかります。
もちろんこれはコストに反映されてしまうわけですが、運送距離・時間が長いことによるリスクやコストと比べれば通航料の方が「割りがいい」ということになるのでしょう。

このようにメリットの大きい運河通航ですが、弱点もあります。
それは、通航できる船の大きさ、つまり、全長、全幅、喫水(深さ)などに制限があることです。
運河はいうなれば、人工的に作った川ですから、幅や深さを大きくすればするほどコストがかかります。
また、必ずしも直線で開削できるとは限らず、また、海面から上に船を上げるための閘門の間隔の都合で長さにも制限がついてしまうのです。
パナマ運河を通航できる最大サイズの船をパナマックス(Panamax)、スエズ運河を通航できる最大サイズの船をスエズマックス(Suezmax)といいます。
ちなみに、パナマックスを超えるサイズを「オーバーパナマックス」や「ポスト・パナマックス」、スエズマックスを超えるサイズを「ケープサイズ」(喜望峰(Cape of Good Hope)回りになることから)と呼ばれます。
言ってしまえば、この通航できる船の大きさが世界の海運事情の制限要因となっているとも言えます。

パナマ運河とスエズ運河は、それぞれを持つ国にとって重要な収入源ですので、両運河とも競争を繰り広げています。
上記の通航料もそうですが、運河拡幅によって通航できる船を増やすこともその一手段です。
スエズ運河は昨年(2015年8月)に既存ルートの拡幅ともう一本水路を増やすことで複線化(上り、下りですれ違いができるようになる)を成し遂げました。
一方、パナマ運河も拡幅工事を終え、2016年6月末に新運河の供用を開始します。
新しいパナマ運河に一番乗りするのは日本のLPG(液化石油ガス)船だそうです。
実は、世界の造船業界、海運業界はずいぶん前から各運河の拡幅に対応したサイズで新造船の設計・建造を行っています。
これまでの「パナマックス」「スエズマックス」という言葉の定義が変わるのはそう遠くない話でしょう。

ちなみに「運河事業」はひじょうに魅力的らしく、中米ではパナマの少し北、ニカラグアでも太平洋と大西洋を結ぶ運河の建設計画があります。
構想時代はナポレオン時代からあったそうですが、実現に向けて動き出したのは最近で、2014年12月に着工式が開催されました。
ただ、当初計画では2019年に完成予定でしたが、パナマ運河よりも長大(約3.5倍)になることで、建設資金での危惧や住民の反対運動などで、2015年に着工が1年延期され、計画も2020年完成とリスケジュールされてしまいした。
この様子では本格供用がいつになるのか見通しが立たないとしか言えない状況です。

ロシアや中国などは、これらの運河を通航せずに太平洋から大西洋まで抜ける新ルートとして、北極海航路の開発も行っている途上です。
既存の2運河の拡幅だけでなく、ニカラグア運河や北極海航路が実現することになれば、世界の海運事情は大きく変わることになるでしょうね。(I)